それは、ある朝、歯磨きをしている時に、ふと鏡に映った自分の喉の奥に、見慣れないものがあるのに気づいたことから始まりました。喉の突き当たりの壁に、まるでイクラのような、赤いブツブツが、いくつもできていたのです。痛みも熱も、全くありません。しかし、その異様な見た目に、私の心臓は、ドクンと音を立てました。「何だ、これは…」。その日から、私の頭の中は、その赤いブツブツのことで、いっぱいになりました。すぐにスマートフォンで、「喉、赤い、ブツブツ、痛みなし」と検索。画面には、「リンパ濾胞」「慢性咽頭炎」といった、比較的安心できる言葉と並んで、「咽頭がん」という、最も恐れていた言葉も、目に飛び込んできました。調べれば調べるほど、悪い可能性ばかりが頭をよぎり、食事をしていても、仕事をしていても、常に喉の奥のことが気になって、全く集中できませんでした。夜も、不安でなかなか寝付けません。このまま、一人で悩み続けても、何も解決しない。そう思い、私は意を決して、耳鼻咽喉科のクリニックを予約しました。診察の日、私は、震える声で、医師に症状を話し、インターネットで見た、がんの可能性への不安を、正直に打ち明けました。医師は、私の話を静かに聞いた後、「まず、見てみましょうね」と、私の口の中を診察し、そして、鼻から細いファイバースコープを挿入しました。少し緊張しましたが、痛みはほとんどありません。モニターには、私の喉の内部が、鮮明に映し出されています。そして、問題の、赤いブツブツも。医師は、その画像を指さしながら、穏やかな声で、こう説明してくれました。「これは、リンパ濾胞が腫れているものですね。喉の免疫組織が、何かに反応しているだけです。見た目もきれいですし、悪いものを疑うような所見は、全くありませんよ」。その言葉を聞いた瞬間、私は、全身の力が抜けていくのを感じました。この数日間、私の心を支配していた、重たい鉛のような不安が、すーっと消えていくようでした。原因は、おそらく、アレルギー性鼻炎による後鼻漏だろうとのこと。その後、鼻の治療薬を処方され、私の長い一週間は、ようやく終わりを告げたのです。この経験を通じて、私は、不確かな情報で、一人で悩み続けることの愚かさと、専門家の診断を受けることの重要性を、身をもって学びました。