それは、ある冬の朝、突然やってきました。前日に、少し喉がイガイガするな、と感じてはいたのですが、目が覚めて、おはようと言おうとした瞬間、声が出ないことに気づきました。というより、声を出そうとしても、喉から出てくるのは「シュー」という、かすれた空気の音だけ。まるで、ラジオのボリュームをゼロにしたような感覚でした。当時、私は営業職で、人と話すことが仕事の生命線でした。声が出ないなど、致命的です。慌てて、スマートフォンのメモ機能に「声が出ません。病院へ行きます」と打ち、上司に見せて、急いで会社の近くの耳鼻咽喉科へ駆け込みました。受付では、筆談で症状を伝え、診察室へ。医師は、私の喉の様子を見ると、「鼻からカメラを入れますね」と言いました。細いファイバースコープが鼻から喉の奥へと進んでいく感覚は、少し不快でしたが、モニターに映し出された自分の声帯を見て、私は愕然としました。そこには、普段は白いはずの声帯が、真っ赤に腫れ上がり、まるで炎症でパンパンになった、別の生き物のような姿が映し出されていました。「ひどい急性声帯炎ですね。風邪のウイルスが原因でしょう」と医師。そして、治療法として告げられたのは、「とにかく、話さないこと。沈黙が一番の薬です」という、私にとっては最も過酷な言葉でした。その日から、私の「沈黙生活」が始まりました。仕事の電話は同僚に代わってもらい、社内でのやりとりは、全てチャットか、ホワイトボードへの筆談。お客様との打ち合わせも、全て延期させてもらいました。日常生活でも、家族との会話はメモ帳頼り。声を出せないもどかしさと、周囲への申し訳なさで、精神的にもかなり落ち込みました。医師から処方された炎症を抑える薬を飲み、加湿器をガンガンに焚き、毎日、吸入治療のために病院へ通いました。そして、ひたすら沈黙を守り続けること1週間。診察で再びファイバースコープを見ると、あれほど真っ赤だった声帯の腫れが、少しずつ引いてきているのが分かりました。そして、医師の許可のもと、恐る恐る小さな声を出してみると、かすれてはいるものの、確かに「声」が出たのです。あの時の安堵感は、今でも忘れられません。完全に元の声に戻るまでには、2週間以上かかりました。この経験を通じて、普段、当たり前のように使っている「声」のありがたさを、身をもって知りました。
声が出ない!私が急性声帯炎になった体験