私はあの日の夜のことを、今でも鮮明に覚えています。深夜、突然心臓がバラバラになるような激しい鼓動に襲われ、冷や汗が全身から噴き出しました。息を吸おうとしても肺に空気が入ってこないような感覚。私は確信しました。これは間違いなく心筋梗塞だ、ここで私は死ぬのだと。必死の思いで救急車を呼び、病院の救急外来へと運ばれましたが、そこで待っていたのは意外な言葉でした。心電図も血液検査も胸部レントゲンも、すべて「異常なし」という結果だったのです。医師からは「過換気症候群かもしれませんね、落ち着けば大丈夫ですよ」と優しく諭されましたが、私は納得がいきませんでした。あんなに死の淵を感じるほどの激痛や苦しさがあったのに、異常がないはずがない。私は自分の身体の中に、現代医学では見つけられない恐ろしい病気が隠れているのだと信じ込み、それから病院を巡る日々が始まりました。まず循環器内科へ行き、二十四時間心電図をつけましたが、やはり異常なし。次に呼吸器内科で肺の機能を詳細に調べてもらいましたが、そこでも「健康そのものです」と言われました。どこの診察室でも否定されるたびに、私の不安は増大していきました。外出することが怖くなり、またあの発作が起きたら今度こそ死ぬのではないかという「予期不安」に支配され、ついには仕事に行くことも困難になってしまったのです。絶望の中にいた私を救ってくれたのは、三軒目の内科で出会ったベテランの医師でした。「君の身体はどこも壊れていないよ。ただ、脳の警報装置が誤作動を起こしているだけなんだ。心療内科へ行ってみなさい。そこが君の本当の戦場だよ」。そう言われたとき、私は初めて「パニック障害」という言葉と向き合うことになりました。心療内科を受診することに、最初は強い羞恥心と敗北感を感じていました。自分が「頭がおかしくなった」と認めるようで怖かったのです。しかし、実際に受診してみると、そこは私の身体の悲鳴を否定せず、なぜ脳がそのように反応してしまうのかを科学的に説明してくれる場所でした。医師から処方された少量の抗不安薬とSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を使い始めると、あんなに私を追い詰めていた動悸の影が、少しずつ薄くなっていくのを感じました。私が何科へ行くべきか迷い、身体の検査に固執していた時間は、自分を救うための「遠回り」だったのかもしれません。でも、その遠回りがあったからこそ、私は自分の身体の逞しさを信じることができるようになりました。パニック障害の治療は、単なる薬の服用ではなく、自分の脳という精密機械のクセを知り、手なずけていくプロセスです。もし、あなたが今、検査の結果に納得がいかず、一人で身体の異常を疑い続けているのなら、一度だけ勇気を出して心療内科や精神科の門を叩いてみてください。そこには、あなたが見落としていた「もう一つの原因」に対する、最高の処方箋が用意されているはずですから。