私は最近、自分の頭の中に立ち込める「薄い霧」のようなものと共生しています。病院で「軽度認知障害」という名前を授かったとき、私は正直、安堵しました。それまでは、大好きな孫の名前を一瞬忘れてしまったり、買い物のレジでお釣りの計算が間に合わなくなったりする自分を「ただの怠慢だ」と激しく責め続けていたからです。私の最も顕著な症状は、言葉が口から出てくる直前で行き止まってしまう感覚です。心の中には鮮明なイメージがあり、何を言いたいかも分かっている。それなのに、それに対応する「言葉のラベル」が、脳の奥底の深い棚に隠されてしまったかのように見つからないのです。「あれ、あそこにある、丸い、あの赤い果物」と言わなければならないもどかしさ。かつて教師として教壇に立ち、言葉を武器にして生きてきた私にとって、これは魂を削られるような苦痛でした。集まりに行けば、周囲のテンポについていけず、愛想笑いをしてやり過ごす。すると今度は「何を考えているか分からない人」と思われているのではないかという被害妄想が膨らみ、私は次第に自宅の書斎に閉じこもるようになりました。しかし、医師から「言葉が出ないのは、あなたの能力が消えたのではなく、通り道が少し渋滞しているだけ。別の道を探せばいいんです」と言われたことが、私の考えを劇的に変えました。私は今、日常を「再定義」する作業を行っています。まず、完璧に話すことを諦めました。言葉が出てこなければ、ジェスチャーを使い、絵を描き、時にはスマートフォンの画像を見せる。それは格好悪いことではなく、むしろ新しいコミュニケーションの冒険だと捉えるようにしたのです。また、メモを取ることを「弱さの象徴」ではなく「自分専用のデータベース構築」と呼び、手帳を肌身離さず持つようになりました。驚いたことに、この不自由を受け入れた途端、あんなに私を苦しめていた頭の霧が、少しだけ薄くなったように感じます。不安が自律神経を締め付け、さらに言葉を詰まらせていたのだと今なら分かります。毎日の散歩中に出会う草花の名前を、ゆっくりと時間をかけて思い出す。その「待つ時間」さえも、今の私にとっては脳への優しい刺激です。軽度認知障害という診断は、私から以前の自分を奪い去りましたが、代わりに「今、この瞬間を丁寧に生きる」という新しいレンズを授けてくれました。明日、また大切な人の名前が出てこないかもしれません。でも、その人を大切に思う気持ちさえ消えなければ、私は私のままでいられる。そう信じられるようになるまで、この不自由な脳と一緒に、一歩ずつ歩んでいくつもりです。同じ不安を抱えるすべての方へ。あなたの価値は、脳の機能だけで決まるものではありません。欠けていくものを数えるのをやめて、今残っている温かな感覚を抱きしめることから、新しい日々は始まります。
自分の言葉が出てこない不安と向き合い日常を再定義した当事者の手記