私はかつて、自分の体力を過信し、多少の無理は寝れば治ると信じて疑わない人間でした。しかし、昨年の夏に経験した「めいぼ」との闘いは、私のそんな傲慢な考えを根底から覆す、痛みを伴う教訓となりました。始まりは、仕事の締め切りが重なり、連日深夜三時過ぎまでパソコンの画面に向かっていた一週間でした。食事は手軽なコンビニの弁当やスナック菓子で済ませ、コーヒーを何杯も飲んで眠気を覚ます。そんな生活を続けていたある朝、右目の上まぶたに、重苦しい違和感を覚えました。最初は「少し浮腫んでいるだけだろう」と軽く考えていましたが、お昼を過ぎる頃には瞬きをするたびに針で刺されたような鋭い痛みが走るようになりました。鏡を見て驚きました。まぶたの縁が赤く盛り上がり、目が半分も開かないほど腫れ上がっていたのです。これが私の住む地域でよく言われるめいぼの正体でした。数年前にも一度経験したことがありましたが、今回のは痛みの強さが段違いでした。仕事に集中しようとしても、まぶたのズキズキとした拍動が思考を妨げ、ついには光を眩しく感じて涙が止まらなくなりました。私は必死に原因を考えました。昨夜、目をこすった記憶はないか。コンタクトの洗浄は丁寧だったか。しかし、本当の原因はもっと根深いところ、私の「生き方」そのものにあったのだと、受診した眼科の先生に諭されました。先生は私の顔色の悪さと、疲弊した様子を一目見て、「身体が悲鳴を上げていますよ。このめいぼは、あなたの免疫力が限界を超えた証拠です」と言いました。まぶたに潜んでいる常在菌は、健康なときなら悪さをしませんが、極度の疲労やストレスで体内のバランスが崩れると、一気に増殖して炎症を起こすのだそうです。私は、処方された抗生物質の点眼薬と内服薬を受け取り、その足で仕事を切り上げて自宅へ戻りました。そこからの三日間は、まさに休養のための時間でした。暗い部屋で目を閉じ、ひたすら眠る。食事も野菜を多めに取り、内側から身体を整えることに専念しました。驚いたことに、薬の効果はもちろんですが、しっかりと睡眠を取った翌朝には、あんなに頑固だった腫れが目に見えて引いていったのです。完治するまでの一週間、私は自分の不摂生がいかに目に、そして全身に負担をかけていたかを痛感しました。めいぼは、単なる目の不調ではなく、私のライフスタイルに対する強制停止命令だったのです。それ以来、私はまぶたに一ミリでも違和感を感じたら、何よりもまず「休む」ことを優先するようにしています。また、目元の清潔にも人一倍気を使うようになり、アイシャンプーなどのケアも取り入れました。二度とあの激痛を繰り返したくないという思いが、私の健康リテラシーを高めるきっかけとなりました。めいぼの原因を外敵である細菌のせいにするのは簡単ですが、その敵を招き入れる土壌を自分が作っていないか。その自省の重要性を、私はまぶたの腫れとともに深く胸に刻み込みました。